中学3年生の時の総合で、自分の良かった年と、悪かった年を棒グラフにして共有する授業があった。地獄みたいな授業だったな、、と今でも思う
先生が気持ち悪くなってしまったので、卒業式は泣けなかった。いや、気持ち悪くなくても泣けるような行事じゃないのかもしれない。
私の前に話したやつが時間を超えて、長々つまらない話をしていた。
でもそいつの話でみんな泣いていた。私は笑いをこらえていた、なんて言ったら嫌われるだろうなー、、
でも、その時間嫌いだったからいいや
中学の先生達のなかで、その授業に反対した人がいないと思うと、みんな勉強が出来るだけだったんだなと思う。
ニュース見てるのかな?本読んでるのかな?きっと、してない。きっと学生時代勉強しかして来なかったんだ。だから、あんなに悲しい人間になってしまったんだ。それが正しいと思ってた馬鹿たちだ。
それでも2年生のころ唯一好きだった先生がいた。2年生が終わると、いなくなってしまった。
その先生から春休みに手紙が届いた。
何も都合のいいようなことは書かれていなかったけど、先生の優しさが伝わる文章だった。
悲しかった。
その先生だけが私が真面目じゃないんだということを知っていたんだな、、と思った。
私が勉強をしなくなるだろうと予想していたのだな、と思った。
でもその通りになってしまって、ごめんなさいとしか言いようがない。
私自身勉強が有り得なくできないので、中学の先生をどうこう言う権利は無いのかもしれないな、わたしは大嫌いなあの人たちかできた分野が、出来ないのだから。
今でもあるのかなー、その授業、それと、頭が蜂の巣みたいに穴だらけな先生たち。
早くサヨウナラしたい思い出は、心に残る。
いつか好きだった先生を忘れて、蜂の巣みたいな先生たちが頭に飛び回るんだろうな、ブンブンって、、ぷぷぷ
いつか忘れちゃうのだから、忘れないように。
明日は駅前の太陽のにおいみたいな『楽しかったね』の日になるといいな
どうせ変な匂いがしてくる。